低侵襲心臓手術(Minimally Invasive Cardiac Surgery: MICS)について
~ 患者さんにより負担の少ない心臓手術を ~

MICS(ミックス)とは?

一般的に心臓の手術は、胸の真ん中で喉元からみぞおちまで、20~30cm程度の皮膚を切開し、すぐ下の胸骨と呼ばれる骨(両側の肋骨と肋骨をつなぐ骨)を縦に切る「胸骨正中切開」という方法で胸をあけて手術をします(図1)。
MICSとは、この胸骨正中切開による通常の心臓手術と比べて、「患者さんに優しい」手術の総称です。当科では患者さんの負担軽減、術後の早期社会復帰を目指してMICSを積極的に行っております。特に、右胸を5~8cmほど切開し、胸骨は切らずに肋骨の間から心臓に到達して、胸腔鏡と呼ばれるカメラを用いた心臓弁膜症の手術をたくさん行っています(図2)。この胸腔鏡下の弁手術は、2018年より保険で認可され、標準治療として国に認められた手術となっております。

(図1)胸骨正中切開による
心臓手術後の傷
(図2)MICSによる心臓手術後の傷(左:男性、右:女性)

MICS(ミックス)のメリット

一般的な「胸骨正中切開」による心臓の手術では、胸の真ん中に大きな傷跡が残り、この傷はTシャツを着ても喉元から見えてしまうのが普通です(図1)。一方、MICSではわきの下付近の小さな傷のみで、シャツを着れば完全に隠れます。人によってはわきの下や乳房に隠れて傷がほとんど見えなくなることもあります(図2)。
胸骨正中切開で手術をした場合、切った骨は金属のワイヤーで固定します(図3)。これにより骨はほとんど動かなくなりますが、切った骨同士がくっついて治るまでの2~3ヵ月の間は、ワイヤーが切れてしまうと骨が離れてくっつかなくなってしまう危険性があります。そのため、胸骨正中切開で手術をした後は、上半身を使う肉体労働や、ゴルフやテニスなどのスポーツは2~3ヵ月は控える必要があります。重たい買い物袋を下げることも避けなければなりませんし、自転車や自動車の運転も一般的に2~3ヵ月はやめた方が安心です。MICSでは骨を全く切りませんので、そのような制限はありません。早い方では、手術の後1週間で退院され、そのまま職場復帰される患者さんもたくさんおられます。
またMICSでは骨をいっさい切りませんので、胸骨正中切開の手術と比べると出血が少なく、輸血の量も減らすことができます。人によっては輸血をいっさい行わない無輸血手術が可能になることもあります。重い糖尿病をお持ちの方など、感染のリスクが高い患者さんでは、胸骨正中切開のあとの骨の感染により「胸骨骨髄炎」や「縦隔炎」という、命に係わる感染を発症してしまうことがごくまれにありますが、MICSではこの心配もありません。

(図3)胸骨を固定したワイヤーのレントゲン像

MICS(ミックス)のデメリット

MICSのデメリットは、傷が小さいために手術の手技が技術的に難しくなる点です。5~8cmの傷には術者の腕は入らないため、胸骨正中切開の手術とは違って術者の手が心臓には到達しません。このためMICSでは細長い器具を使って手術をします(図4)。しかしながらMICSでは胸腔鏡と呼ばれるカメラの画像が大画面に映し出されるため、胸骨正中切開の手術よりも心臓が「よく見える」こともあります。
MICSは技術を習得するのに時間がかかる術式です。日本低侵襲心臓手術研究会のデータをまとめた報告によると、MICSの経験が多い施設と少ない施設では、患者さんの死亡率や合併症の発生率が明らかに違うと言われています。MICSを受けるには経験の多い施設を選ぶことが大切です。獨協医科大学病院におけるMICSの歴史は長く、2018年からは後述の3D内視鏡を用いたMICSも導入しています。

(図4)実際のMICSの手術風景

「先生、私はMICSをうけられますか?」

MICSはどんな患者さんにも行えるわけではありません。MICSでは足の付け根の血管に管を入れて人工心肺装置を用います。心臓が止まっている間は、そこから送られた血液が脳まで届くため、全身の動脈硬化が強い方では脳梗塞などの合併症が起こる危険性が高くなります。またMICSは肋骨の間を通って心臓の手術をするため、その間にある右の肺は手術中しぼませる必要があります。そのため、肺がとても悪い人では手術の危険性が高くなります。そのほか、心臓の機能が悪すぎる患者さんも、MICSは向いていないと言われています。実際には一人一人の患者さんでMICSのメリットとデメリットの大きさを慎重に検討して、その患者さんに最も適した手術方法を提供いたします。残念ながら肋間小開胸によるMICSが不適切と判断されてしまった患者さんにおいても、なるべき傷を小さく、目立たないようにしてほしいという希望のある患者さんには、部分胸骨切開による手術など、さまざまな方法での手術を提供しております。心臓の手術が必要と言われたら、お気軽にお尋ねください。他の病院で胸を開く必要があると言われた方のセカンドオピニオンも、いつでも受け付けております。

3D内視鏡補助下MICS

従来の低侵襲心臓外科手術は小さな傷から直接心臓を見て手術を行っており、狭い手術視野と限られたスペースで手術を行わなければならず高度な技術が要求されます。しかし3D内視鏡を使用すると、手術視野が広がり、より鮮明に手術している場所が映し出されるので安全に手術が行えます。また直視下同様で従来の手術と同程度の技術で手術ができます。さらに従来のMICSと比較し手術の傷もさらに小さくできる(2-3cm)ので、 MICSの利点を充分に得ることができます。 2018年より当科でも導入し術後5日程度で患者様は退院し社会復帰されております。

手術は3Dメガネを着用し画面を見ながら行います
内視鏡を用いるので鮮明な画像で手術を行えます
右側胸部に2-3cmの手術創2箇所と内視鏡を挿入するための創、計3箇所で手術を行います