僧帽弁閉鎖不全症は、器質性僧帽弁閉鎖不全症と機能性僧帽弁閉鎖不全症に大別されます。(図1)器質性僧帽弁閉鎖不全症は僧帽弁逸脱症とほぼ同義であり、弁を保持する腱索の断裂や弁尖自体の肥厚拡大、両者の組み合わせが関与しており、外科的僧帽弁治療が標準とされています。機能性僧帽弁閉鎖不全症は弁尖自体に明らかな器質的異常を認めないにもかかわらず僧帽弁逆流が生じている病態であり、何らかの心疾患(虚血性心疾患や心筋症など)によって左室の拡張あるいは収縮障害が弁尖のテサリング(左室拡大に伴い外側に変異した乳頭筋が僧帽弁尖を強く牽引し弁尖の可動性を低下させその閉鎖を妨げる)を引き起こすことによって生じています。
重症化した心疾患に付随する場合が多く、手術に関しては高リスクであり、原疾患の状態によっては手術による十分な効果が得られない場合もあります。器質性僧帽弁閉鎖不全症であっても高齢や多臓器障害によって手術がハイリスクとなる症例や機能性僧帽弁閉鎖不全症の症例に対しては低侵襲なマイトラクリップ治療が検討対象となります。
マイトラクリップ(図2)は、カテーテルベースの治療デバイスであり、開心術よりも低侵襲に逆流を生じている弁尖間の接合不全部位を金属でできたクリップで閉じることによって(図3)、薬物治療では得られなかった逆流量の軽減という直接的な治療効果が期待できます。ガイドラインにて外科手術の適応であっても器質性僧帽弁閉鎖不全症では約5割、機能性僧帽弁閉鎖不全症では約8割の症例で手術が施行されていないという報告があります。前述したハイリスク症例の存在、機能性僧帽弁閉鎖不全症においては心不全の状態によって重症度が変動するために十分な評価が成されていないことが原因と考えられます。超高齢化社会を迎えた日本において心不全が増加の一途を辿っています。弁膜疾患に起因した心不全は多く、心臓超音波検査による積極的な弁膜疾患のスクリーニングとともに専門機関での評価を十分に行い、最適な治療方針を検討することが、今後の弁膜症治療には益々必要な時期に来ております。
当院における、重度な僧帽弁閉鎖不全症に対する治療方針は(図4)のようになっています。心不全は繰り返すことによって著しく生命予後が不良となる循環器疾患の終末像です。原因疾患にもよりますが、積極的な治療介入によってその悪循環を断ち切ることが可能です。このマイトラクリップ治療は、今まで治療ができなかったハイリスクの僧帽弁閉鎖不全症の患者様に考慮される治療法であり、治療に成功すれば心不全症状が軽快し、死亡や心不全による入院を予防する効果が期待できます。本邦においては2018年4月より臨床での治療が可能になっており、当院においても2019年5月より開始いたしました。先生方の患者様で適応になりそうな患者様がいましたら、ハートセンター外来へ紹介して頂きたいと思います。これからもさらに良い医療が提供できるよう努めて参りますので、よろしくお願い致します。
慢性期(急性期を脱した状態含む)で、心不全専門医による最新のガイドラインに準じた十分な内科的治療を行っているにもかかわらず心不全症状を有する僧帽弁閉鎖不全症(安静時ないし負荷時にMR≧3+)患者が対象となります。